<待庵>に行って菅井さんを想いだした!2013年06月10日 11:04

念願の<待庵>にやっと行けた。 JR 山崎駅のすぐ向いの妙喜庵の中、今日の見学者は東京から来たデザイン系の学生さんと二人だけ。
高齢の庵主様からネットでおさらいしたひととりの説明を聞いて後はご自由にと、二人だけの貸し切りとはなんと贅沢なことだろう。
こじんまりした禅寺なので書院・広縁から庭に下りるとすぐお目当ての待庵が緑の中にあった。
あぁ、これが利休さんの茶室か、勿論茶室には入れませんので明かり窓からだが一目中を見やる。と、たちまちその峻厳な空気に打たれた。自然と襟を正された。
空間を造る縦横の木や竹の刻の色の深さよ、鼠色を帯びた床の間の土壁、そこは迂闊にはいれる空間では決してない。生半可な覚悟では身を置くことが出来ないと悟った。
額に窓の細竹の柵に精一杯押し付けて、息を殺して覗き続けた。薮蚊に襲われるままに。

 露地から手水鉢で手を清め潜り戸から中に入る、貴人畳を避けてこの当たりかな?炉の前の亭主とのこの距離、凄い緊張感ある距離だ。利休は秀吉や大名たち等伯もこの距離で対峙していたのだ。
しかしこれを創作した、考案したのが利休さんって凄いアーティストだ。今風にゆうなればインスタレーションとパフォーマンスのアーティストなのだ。深遠な哲学を持った。

帰りの電車から山崎の景色を眺めていると、何故か昨日芦屋の美術館で「菅井汲/松谷武判/purint works 展」の菅井さんのオート・ルートの作品が脳裏に浮かんできた。
ポルシェと煙草を愛しー1億より はみ出した日本人でありたいーとの有名な語録を遺して逝った菅井さんのが。
~超スピートの車の中での自己の存在を見つめるとか、、、菅井さんのオート・ルート時代の作品はこの緊張感が根底になっている。
色調も時代も違うが、無駄なものを一切省いた、そして自己の生命との対峙からくるこの緊張感こそ両者の共通点なのだと、独り納得。
この緑の中で菅井さんのハードエッジを観たいものだ。二つの生命の燃焼はどのように対峙するだろうか。

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