KYOTO2014年03月04日 22:58

先日楽美術館に行き俵屋に泊まるとゆう贅な一日に恵まれた。
楽美術館では各世の逸品が揃い踏みしていて、素人にも楽焼きの重さと歴史がヒシヒシと伝わってきた。
その中に今「利休にたずねよ」で脚光を浴びている黒樂茶碗「万代屋黒」が在った。
しかし、それは歴代の力の入った名物の中にあって肩すかしを喰らうようなつつましい茶碗である。

その夕、俵屋ののれんを潜った。が、近くて遠いなんとやらで始めてのことである。
私の心の奥底に<京都人>への、<京都文化>に対するかまえがある。虎の威を借る狐ではないが<京都>を威にする軽佻な京都人へのアレルギーがあるから、それはコンプレックスからくるのかも知れないが。
しかし、一歩足を踏み入れるやいなやそのしこりは溶けだした。木のままのように活けられたサンシュユの坪庭を通り部屋に通された時にはすっかり消えてしまった。
それはなぜだろう?
それは空間からくるものだろうか?それとも人からくるものだろうか?
これ程人の心を解放し素直にさせる、ふと楽美術館の利休の黒樂茶碗が脳裏に浮かんできた。
仰々しいもの何一つ見当たらない、むしろつつましい。
しかし、このつつましさは人のこころを限りなく秘めて奥深い。
このつつましさの美こそほんものの<京都>の真髄であることを織った。
そして至福の一夜を過ごした。

「裸婦のデッサン」2014年03月06日 22:24


四月の父・北村富三の画集出版記念展を控えて準備している。
これはぐるぐる巻かれたまま長年なおざりにされていた裸婦のデッサンのなかの一点。
1930.2 とあるので 27才、安井曾太郎の薫下を受けるべく上京した下落合時代。
<デッサンの安井>と云われる厳しい師の元に若き富三は日々研鑽に励んでいたことだろうか。
額装してみて改めてなかなかのデッサン力だと思った、肉親の贔屓目だろうか。
それにしても個人でモデルを雇っていたのだ。
モデルは東北の人が多かったと後年母から聞いた。彼女達も厳しい生業の人だっただろう。
思えば、終戦間際の疎開や戦後の混乱、困難な家の状況を経て、よくぞ遺されたものだ。
それは奇跡ではないかと、私には思われる。

青銅器2014年03月09日 22:11

泉屋博古館が久し振りに開館されたので出かけた。お目当ては勿論青銅器。青銅器といえばここでしょう。宓な佇まいの中で懇切なガイドをしていただく。
よくぞこれ程と思う程展示されている。その迫力と量にめまいを憶える。鼎の逞しい造形、素材を変えれば今のフィギュアになりそうな怪獣面。確かにこれらを造った人々がいたのだ、三千年前に。衝撃は腹底にズシンと響く。
別室の「梅の美術」はお口なおし、中庭の梅の香を後にした。
鹿ケ谷は哲学の道とつながる。人の少ない小径を熊野若王子神社と散策する。

美しい壁2014年03月21日 00:23

今夕、 BBプラザ美術館で「堀尾貞治あたりまえのこと<今>」のオープニング展があった。
BBプラザビルのショーウィンドウに薔薇の花ならぬ新聞紙の花が迎える。さぁて内に入ると美術館の壁にビックリ!
一目見るなりさすがインスタレーションの名手だ、と脱帽させられた。なんと美しい壁だろうか!
展示場はゆうに及ばず、あのガラクタどもが一つ一つに堀尾さんの息吹きが吹き込まれて大合唱している。
そこは彼の生の時間の集積場である、と思った。ともかくその迫力と魅力に引きずり込まれてしまうばかり。
交差点の水撒き、参加型の新聞紙まるめのパフォ−マンスと堀尾さんの発想とエネルギーは尽きることない。
展覧会は阪神;岩屋のBBプラザ美術館、期間は2014/03/21(金) ~ 2014/06/01(日)です。

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